髪を梳いてあげる 


彼が弟に触れて。彼女と彼が約束をしたときのこと。

大体にして。
エドワードはあまり触れられることが好きでないのだろうと思われているし、リザに不用意に触れることなど恐れ多くてできないままにこの現状。
どちらも頓着ないからそんなのまったくの誤解だけれど、前者に於いては、実弟アルフォンスの自分が鎧で触感などないのに、だいすきな兄に軽々しく触れるなんてのはズルイからという理由が主にあった。
後者は単なる男社会の軍部で数少ない華である事務のお姉さんたちに憧れの的であるリザ・ホークアイ中尉にセクハラを働く不埒な(あるいは勇気ある)野郎がいなかったのだ。誰だって女性からの報復は受けたくない。

*

「マスタング大佐・・・」
「大佐ー・・・」
「あーあ・・・」
「よかったですねー」
「大佐。仕事してください」

しくしくしくしくしく・・・と涙ぐむ三十路の上司にうっかり同情してあげる心優しい部下なんざ皆無に彼らは兄弟といっしょにマスタング大佐専用の執務室で語り合っていた。
ちなみに兄弟はひさしぶりにやってきたのだ。

「ほんとにアルのがでっかいんだなー」
「あはは。やっぱりエドくんのがちいさいんですねー」
「・・・・・・・・・ジャンさんととケインさんは『口は災いの元』って知っててそおいうこと言うの〜〜?」
「まあまあ、兄さん。ふたりとも普段から失言ばっかりなんだしいいじゃない、ほっとけば」
「・・・アルフォンス。おまえ、黒いぞ・・・?」
「そうですよー。ブレダ少尉は莫迦なこと言わないでくださいね?」
「鎧の中でなにがあったんだ・・・!」
「だからハボック少尉。それが失言なんです」
「だってフォルマンー!!」
「なーに云ってんだよ?アルは前からこんなんじゃん??」
「それはエドワードくんがブラコンだからよ」

そんな団欒を傍目に侘しく泣きまねをし続けていたマスタング大佐は企んでいた。
それはもう策略と策謀ばかりの頭脳をぐるぐるとめぐらせて。

「鋼の!命令だ!士官学校に入学しなさい!!」
「「・・・・・・・・・・・・はあ?」」

あーあ、またへんなこと考えたんだぜ。・・・──部下一同の心はここで同調した。
兄弟たちの呆れきった声なぞ聴いてない大佐は好き勝手に叫んで吼える。

「そうすればいずれは大総統である私の思うがまま!専属秘書官にして隣室にはベッドルーム!それか専属護衛で四六時中いっしょでベッタリだ!」
「そんな二択の将来、やだなあー・・・」
「・・・いいわね、それ」
「え゛・・・?」
「中尉まで阿呆なこと言わないでください!」

ほら、兄さんも惑わされてないで!と愛弟に諭されるエドワードだが、中尉といっしょに無能を的にしながらお茶の時間を楽しめるかもしれない光景に心ときめかせる。このあたりで大分と危険思考。
背後で同じく、エドワードと射撃訓練したり休憩時間に語らったりなんて健全な想像と大人の営みに発展する妄想が入り混じったリザ・ホークアイが無表情に脳内を薔薇色に染めていた。
結局はどちらもどちらが、互いに危険思考を持て余しながらも錯綜する片恋同士だったりするのだ。・・・──若干、薔薇色が邪に染まっているのは年齢差か。

「マスタング大佐。今までお世話になりました。兄さんは研究専門の国家錬金術師として。僕は医学生として、中央で兄弟仲良く暮らすので後見である必要性はまったくなくなりますので、これでサヨウナラです」
「鋼ののと水入らず─・・・!なんて羨ましいんだ!この血縁者め───・・・っ!」
「ええ、兄さんの弟は僕ですから。赤の他人のマスタング大佐はどっかのご令嬢と政略結婚でもしてください」
「──くっ・・・!」

大人の分が悪い舌戦を繰り広げるなか、エドワードと中尉はべたべたいちゃいちゃと仲良くしていた。

「エド・・・、もう、逢えないのかしら・・・?」
「ううん。俺がリザに会いに行くから」
「ありがとう、エド。だいすきよ」
「俺はリザのことあいしてるよ?」
「じゃあ、結婚しましょうね」
「うん」

こんな展開で彼女と彼の結婚を前提にしたお付き合いがはじまった。
周囲の少尉二人組みが立会人になってしまったのは不可抗力。上司の逆恨みも不可抗力。なのでいろいろと仕方がないのだ。頑張れ、中間管理職。
──ちなみにさっさと式を挙げないのは彼らなりに蜜月の焦れったさを味わうためである。あしからず。

*

今、エドワードの背の半ばまである金髪はリザが望んだものだ。
頓着ないエドワードが願掛けだと伸ばし続けた髪を、リザが惜しんだ。長いだけで鬱陶しいと感じる当人だが、惜しんでくれるならと約束をした、その夜からは彼女のためにそのまま伸ばすことにした。
不器用極まりないリザだったが、エドの髪に触れる彼女はとても丁寧で、慎重だ。

「ねえ、エド」
「んー?」
「髪を梳いてあげるわ」
「・・・うん」

はじめて見たキラキラと太陽を背負った彼に見惚れたリザは、今は自分だけの金色に指を絡めた。